こんにちは。
先日、筑波海軍記念航空隊記念館を訪問しました。日本海軍の基地・司令部として実際に使われていた場所です。
自宅から10分という近さゆえ、いつでも行けるという気持ちでここまで来たのですが、長男の夏休みの課題づくりというきっかけがあり。
友部にあるのになぜ筑波と名づけられているんだろう?と思いましたが、空から一望した際に筑波山が目に入ったから…という理由のようです。
元々は霞ヶ浦に航空隊がありましたが、隊員養成などで手狭となり、霞ヶ浦からそれほど離れておらず広めの飛行場のスペースがとれる場所ということで、友部が選ばれたとか。
戦争末期に空襲による被害を避けるためにつくられた半地下の指揮所の入り口。
猛暑日にも関わらず、中は驚くほどひんやりとしています。前日の雨の影響でコンクリートの壁に結露が。
記念館に展示されていた零戦の後ろ部分や、特攻隊制服など。
映画「永遠のゼロ」のロケ地としても使われています。
特攻で命を落とされた、10代20代の方の写真、遺書も展示されています。
小5の次男がポツリと
「死ぬってわかって飛び立っていったの。すごい精神力…」
とつぶやきました。
わが子の言葉に、彼らのことを想う母親の姿が浮かび、たまらない気持ちになりました。
そんな精神力は、わが子には持ってほしくない。それが母としての偽らざる本音です。
でも、そこまでして彼らは母国日本を守ろうとしていたという事実を、しっかりと受け止めなくてはいけない。彼らから命を賭して受け継いだ日本を、私は大切にしているだろうか。
訪問した日から、ずっとそんな風に問いかけられている気がして頭から離れません。